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大日本史 編纂の碑
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だいにほんし へんさんのひ
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「大日本史(だいにほんし)」は,神武天皇(じんむてんのう)から百代にわたる天皇が行ったことがまとめられています。大部分の編纂(へんさん)は徳川光圀がこの世にいるうちにまとめられましたが,完成までには250年もの歳月(さいげつ)がかかりました。この大事業が私たちの学舎(まなびや)である水戸二中で行われました。
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| 彰考館跡の碑 |
しょうこうかんあとのひ
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彰考館(しょうこうかん)は「大日本史」の編纂(へんさん)が行われたところです。徳川光圀(とくがわみつくに)が常陸太田(ひたちおおた)にある西山荘(せいざんそう)に隠居(いんきょ)すると,小石川(こいしかわ)の屋敷(やしき)から城内二の丸に移されました。「彰考(しょうこう)」とは,「むかしからの意味をはっきりさせて,これからの人の進む道を考える」という意味です。
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| 安積澹白 |
あさかたんぱく
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「安積格兵衛(あさかかくべえ)」は水戸黄門漫遊記(みとこうもんまんゆうき)の格さんのモデルになった人です。徳川光圀の「大日本史」の編纂(へんさん)を助け,水戸史学(みとしがく)に大きく貢献(こうけん)しました。38歳で彰考館の総裁(そうさい)となりました。(1656年〜1737年)
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| 水戸城跡の大シイ |
みとじょうあとのおおしい
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校庭ある水戸城跡の大シイ2株(かぶ)は,戦国時代(せんごくじだい)から自生(じせい)していると伝えられ,樹齢(じゅれい)400年と伝えられています。平成10年8月5日に水戸市教育委員会より天然記念物(てんねんきねんぶつ)に指定されました。水戸二中のシンボルです。
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那珂川と 阿武隈山地 |
なかがわと あぶくまさんち
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水戸二中から見える那珂川と阿武隈の山並(やまな)みは,校歌にも歌われています。この景色(けしき)を見ると,心が落ち着き新たな希望が生まれてきます。
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