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地域自慢
茨城県護国神社
祭神は県内の幕末維新の烈士・国事(西南の駅、日清・日露戦争、第二次世界大戦など)に殉じた戦没者の英霊です。例祭は、毎年4月10日と11月10日に行われています。
徳川ミュージアム
水戸徳川家に伝来する「宝物」を展示・公開する博物館です。「宝物」とは、徳川家康公から譲られた遺品や水戸徳川家歴代藩主とその家族の遺品、光圀公が始めた「大日本史」草稿本など、収蔵品は約65万点にも及びます。水戸黄門でおなじみ光圀公の「印籠」は必見!
https://www.tokugawa.gr.jp/guide/
見川城跡
見川城は,今から800年ほど前、常陸大掾氏が水戸城の西の守り(支城)として作ったのが始まりで、その後江戸氏、佐竹氏と遷りながら、400年を生き抜いた戦国時代の城です。
- 城の形は200m四方の小規模ながら自然の地形を生かした平山城で、特徴は城の中央にカギの手に造られた深い堀、東側が比高20mの崖で、天然の浸食谷と桜川が堀の役割をしています。
- 城の姿は、江戸氏が佐竹氏に代わる頃、即ち今から400年ほど前の状態と考えられます。
- 城の城域を昔の人は「登城山」とか「外山城」、昭和の一時期「伊勢甚山」と呼んでいました。
- 城の中央部(一の郭)に「城主の墓と見られる五輪の塔」、「帰城の宮(きじのみや)という嗣」、「深い井戸」があったと伝えられています。
- 城に隣接する小板倉地内(見川1丁目)に、江戸氏の家臣見川城主春秋幹光(みきみつ)が住んでいたと言われています。また、小板倉という地名は、建物に使う板や木材を保管する倉(小屋)があったからと伝えられています。

一本松のお地蔵さん
お地蔵さんの頭は円く、にこやかなお顔で、心安らぐ姿をしています。一本松には、松の根元に三体のお地蔵さんが置かれていますが、なぜそこに?
仏教では、お地蔵さまは旅人や子どもを守る仏さまとされています。一本松は、各地から水戸城下に通ずる重要な道の分岐点で、「松」は目印の役割を果たし、「お地蔵さん」は毎日行き交う人々の安全を見守ってきました。また、子宝・安産・子育てにご利益があるとして、近隣の女性たちの集う場所となり、願い事・供養・食事会・清掃などをして大切にしてきたそうです。

掲載日 平成31年4月1日
更新日 令和7年5月7日
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